公演 / イベント

MUSTANG Colors

タグチヒトシ -作・演出(@hit_tag)× evala -音楽(@evalaport)対談

インタビュアー:山本遊子(@uguisu_pro

 
山本
今日、稽古を観てて思ったのは、動きと音には選択肢が無限にあって、その中でevalaさんがある音を選んで、動きをタグチさんが選んで、その二つが合わさっていくっていうこと。日常から開放される感じが心地よかった。このインタビューでは、そういうものだよってことをこれから観ようとしている人に伝えたらいいのかなって。
タグチ
山本さんは、どのあたりが面白かったの?
山本
最後のほうとか面白かった。私の立ってる位置にも人がどんどん迫ってきて。
タグチ
なるほど。今日は山本さんしかいなかったけど、実際の公演ではお客さんがあたりにいるわけじゃない。パフォーマーが迫ってくると目が合うでしょ。彼らは半分目をあわせながら、半分は視線をまわしているのだけど、お客さんからすれば目が合ってドキリとするよね。それってたぶん「勘違い」みたいなものなんだけど、100人いたら100人分の「勘違い」が生まれる。僕はそこがこの作品の面白さだと思うよ。
山本
あと、踊ってる人が単純に人が汗をかいているのが新鮮だった。音も、音を作りながら動きをつけているところだったり、逆の時もあるし。動きに決まり事があるけれども、演劇ほどの縛りはなくて、クリエイティブで自由な感じが伝わってきた。実際、音を作っていてどうですか?
evala
ダンスのための音楽の仕事って今までもいくつかあったんですね。ただ、いずれもソロや少人数が多くて個人の身体性によるところが大きかったんだけど、今回は団体、しかも何かしらのルールがあるとなると、やっぱり音の作り方や出し方が変わってくるです。どう変わるかっていうとまず皆さんの反応が面白いんですよね、音を放り投げたときの。放り投げたときの反応が、人数がいることによってはじめて可能になることだったり、ルールが設定されていることによって可能になることがあったりする。例えばダンサーによって音色の好き嫌いが顕著になることがあるし、そのズレみたいなものが無限の表現になってくるから、やる度に面白くなるっていうところがありますね。
タグチ
そうですね。忘れちゃいけないのが、パフォーマーも人間だからいい音楽には盛り上がるわけですよ。盛り上がってきたよ、というのが身体に出るんだよね。
「今、なんか、来た」って心の中では言ってるんだけど、でも動きは決まっているから「来た」って言葉で言えないじゃない。そうするとどうなるかというと、人間って正直だから、その動きの中で最大限のヴァーっていうのが生まれてくる。それをevalaさんが見て、「じゃー、もうちょっと」ってなるんだよね、たぶん。それは照明さんとかもそうだし、目に見えないピンポンがつながっていく。そうやって産まれた作品は、決してスタッフと出演者で分けられなくて、僕はそういうのが楽しくて作品を形にしている感じです。
山本
観たことがない人にこれを観て下さいって伝えるのに、今回の公演のキャッチってありますか。
タグチ
人が動いてハァハァ言ってるのとか、汗がポタポタ落ちてるのとかって実際目の前で観ると生々しいじゃない。その生々しさが、実はそれぞれ違って面白いんですよって言いたいのだけれども、他のパフォーマンスやダンスでもそうなのだから、そこを声高に言ってもしかたないかなあ。
evala
音楽の世界だと、いまメディアの移り変わりで過渡期じゃないですか。この過渡期に入ってから、ライブやコンサート会場に足を運ぶ人が増えているところがあるんですね。生々しさを求めている人が多いっていうか。音源はもはやお金を出して買うものだという感覚が無くなってきてるのは確かで、現に気になるアーティストがいればYouTubeで掘れば簡単に見れて聴けるわけですよね。そこからこぼれたものやそこでは得られないものをライブに求めているのかもしれない。
今回の公演について言うと、まず音楽の記録が取りにくい。要するにスピーカーをいっぱい使うんですけど、マルチチャンネルで360°包囲にするんです。四方八方からだったり、上から下に音がやってきたりするんだけど、それはもう現場体験でしかない。
そもそも音ってものすごい身体性を持ってるじゃないですか。バンってでかい音が鳴ったら、動かずとも反射的に反応するスピードがあって。例えばロックフェスってのはCDより音が悪いもので、生の揺れが云々とか言うけど、ちゃんと聴きたいと思ったらやっぱりCDを聴けばいいわけで、みんな何をしに来てるかというと「見にきてる」。けど今回の公演みたいな音楽のあり方というのはそういうのと真逆ですよね。コンピュータ音楽に「生」があるとしたら、これって感じですね。それこそデスクトップの中じゃ再現できない。
タグチ
「生」っていう意味で今回の作品の話をすると、向こう側は舞台でこちらはお客さん、というような一般的な舞台空間じゃない。あの第四の壁 はなくて、出演者はお客さんの周りの壁を越えていこうとするのね。そうしたら、あなたたちどうするのよって、上演時間中にお客さんに問うている感はありますね。例えば、電車の中で人がいきなりバタンって倒れて、びっくりしない人なんていないと思う。びっくりした次の瞬間に「だいじょうぶですか」って言えるか、それよりもほとんどの人は「あー、どうしようかな」って悩んじゃう。その悩む時間は人それぞれで、それを実感できるのは誰かが倒れた後でしかない。そういう方向性のある「生」な感じを作中に組み込んでいるのはあるなあ。
evala
身体の反応と時間って密接に関係ありますよね。それから音って時間が無いと進まないから時間のことを考えてるようだけど、実は空間がすごい大事で、僕の興味のあるところなんです。音を出した瞬間に、もうそこに空間ができてしまう。今こうやって話してても、ここでパンって音を出すと、その一瞬で「空間を聴く」ことになって、それは拒否してもできない。そこが面白いですよね、時間と身体に音をつけていくような作業って。
タグチ
12m×18mの会場をパフォーマーが向こう行ったりこっち来たりして、お客さんにとっての方向が変わっていくから、音の聴こえ方も変わるし、音がお客さんを導くってイメージもあるかも。
evala
普通、劇場ではステージがあってお客さんは同じ方向を向いてて、ステージのほうから音が聴こえてくるけど、今回の公演では前後左右っていう概念が無いんですよね。
タグチ
だから、マッチしたのかもしれないですね。一緒にやりましょうってふうになったのかな。
山本
それにしても、お客さんにとっては、とっても贅沢な時間になりますよね。
タグチ
うん? 贅沢かも。
山本
贅沢ですよ。だって、普通にその辺にいる人はパフォーマンスアートのことなんて普段全然考えてないし。私はこの建物の周りの様子を撮ってからこの部屋に入ってきて、稽古を観ていると外の世界を忘れちゃうじゃないですか。そういう体験をするってことは贅沢なことだなって思ったの。そういう点ももっとアピールしたほうがいいんじゃない。むずかしいけど、わかる人には絶対わかる。
タグチ
ここでの集中稽古が今日入れて3日間で、昨日とおとといの2日間で先ほど見せたシーンを作ったようなものなんですね。この3日間を振り返るとえらい頑張ったなって素直に思う。
evala
必要ですよね、こういう時間。せーので即興演奏で音をつけてみたら、シーン10の音楽とかね、かなりかっこいいのができちゃったし。タグチさんとも色々話し合えたし。
タグチ
これが無かったら、この後が大変だったと思います。僕よりも、出る人たちが一番大変。
山本
出る人たち、超重要ですもんね。
タグチ
チョー重要ですよ。
山本
出る人の印象が直接、作品の印象になるじゃないですか。
タグチ
隣りでぼんやり居たのが、一個人のAさんになって、Aさん(パフォーマー)と私(観客)になる。そんな切り替わる瞬間は、観ている人に自然とやってくると思うのね。その瞬間には、Aさんはお客さんから逃げちゃダメ、無視しちゃ絶対ダメ、なにか別の人格に変わってもダメ、そのままの色でいいんだよ。
山本
今の時点で何%ぐらい出来てて、完成に向けて何が足りていないと思いますか?
タグチ
まだ6%ぐらいなんじゃないかな。今日は4つのシーンを通して20分ぐらいのものが出来たけれど、ひとまず動きと流れが決まったところで、音も100%フィックスじゃないし、映像も照明もあるし、会場がこことは違うって考えるとやっぱり6%ぐらいなんじゃないのかと。
evala
そう考えると確かに、5、6%ぐらい。音の場合も、楽曲できたら完成ではなくて、そこから3次元空間でミックスしていく作業があるから、まぁものすごく時間がかかる。
タグチ
そう、10%とまでいかないなあ。今回、実際の会場に入ってから5日〜6日間稽古するのね。全体で2週間ほど神戸に泊まって、1週間弱仕込んでから本番なんですけど、その最後の1週間で詰める作業は絶対あって、そこで変わるだろうと思うと、完成と言えるのはまだまだ先ですね。
山本
まだ94%も作るところがあるなら、さらに面白くなる可能性があるってことですね。
タグチ
今はようやく…亀を飼うために水槽を買ってきたってとこ。亀がまだいない…、そんなことないかな…、亀はいるかな。うーん、でもまだ、どんな亀なのかがわかんないってとこかな。

(2010年11月 横浜/急な坂スタジオにて)

第四の壁…
舞台上の背景及び左右3枚の壁に加えて、舞台の正面に位置する想像上の透明な壁のこと。フィクションである演劇内の世界と観客のいる現実世界との境界である。観客はこの壁を通して演じられる世界を見ることになる。(wikipediaより抜粋

プロフィール

 
GRINDER-MAN

グラインダーマン
GRINDER-MAN

現代美術を出発点に演者と観客の相互作用を空間化するアートパフォーマンスグループ。国内外の劇場や美術館にて立体造型・映像・音楽を融合した身体表現を展開する。神戸では2009年11月に神戸ビエンナーレ2009にて上演の『MUSTANG KB』に続いて、本作で2回目。2011年3月には金沢21世紀美術館にて新作の発表を予定している。

grinder-man.com


 
タグチヒトシ

タグチヒトシ(作・構成・演出)

目の前から背中までぐるり一周、床をあわせて2.5次元。うつりうつろい視線はまわる。9つの色相ただよわせ、その壁越えていきます。

グライダーマン主宰。1973年横浜生まれ、筑波大学芸術専門学群総合造形卒業。グラインダーマンの作・演出から映像ディレクションまで、幅広い舞台意匠にこだわりを持つ。そこにはモノや映像、音といった要素を人間が規格化される要因と捉え、それらに収まりきらない「ヒトのゆらぎ」の体現を指向している。

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evala

evala(音楽)

たちあがっては消え、ひしめき合い、沈黙が浮かびあがる。循環は常にゆらぎ、ゆがみ、幻のように捉えがたく境界が定かでない。新しいグラインダーマンは、まさに音そのものだ。

サウンド・アーティスト。port主宰、ATAK所属。先鋭的な電子音楽作品を発表し、国内外でのパフォーマンスを行なう一方、様々な媒体や実空間へのサウンド・デザインやインタラクティヴ・プログラムなど、音を主軸にその活動は多岐にわたる。現在、NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)無響室にて立体音響インスタレーション『for maria anechoic room version』を渋谷慶一郎氏とともに発表中。

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